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最高裁判所第一小法廷 昭和63年(オ)890号 判決 1993年2月18日

上告人

髙橋喜久枝

髙橋勇

旧姓髙橋

村瀬君江

髙橋明希

髙橋奈七

髙橋輝行

右三名法定代理人親権者

髙橋喜久枝

上告人

髙橋良治

髙橋知子

髙橋良枝

髙橋一彰

髙橋沙予

右三名法定代理人親権者

髙橋喜久枝

上告人

髙橋伸公

右一二名訴訟代理人弁護士

岸巖

田中喜代重

被上告人

武蔵野市

右代表者市長

土屋正忠

右訴訟代理人弁護士

中村護

関戸勉

町田正男

林千春

右指定代理人

南雲嘉正

外一名

主文

原判決中予備的請求に関する部分を破棄する。

右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

その余の本件上告を棄却する。

前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。

理由

一  上告代理人岸巖、同田中喜代重の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

二  同第二点について

1  原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

(一)  武蔵野市においては、昭和四四年ころからマンションの建築が相次ぎ、そのため日照障害、テレビ電波障害、工事中の騒音等による問題が生じ、また、学校、保育園、交通安全施設等が不足し、被上告人の行財政を強く圧迫していた。そこで、被上告人は、市民の生活環境が宅地開発やマンション建設によって破壊されて行くのを防止することを目的として、武蔵野市内で一定規模以上の宅地開発又は中高層建築物建設事業を行おうとする者(以下「事業主」と言う。)等を行政指導するため、被上告人の議会の全員協議会に諮った上、昭和四六年一〇月一日、武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱(以下「指導要綱」という。)を制定した。

(二)  指導要綱は、一〇〇〇平方メートル以上の宅地開発事業又は高さ一〇メートル以上の中高層建築物の建設事業に適用され、(1)事業内容の公開、公共施設の設置、提供及びその費用負担、日照障害等について市長と事前協議をし、その審査を受けなければならない、(2)事業により施行区域周辺に影響を及ぼすおそれのあるものについては、事前に関係者の同意を受け、また、事業によって生じた損害については、補償の責を負わなければならない、(3)事業区域内に所定の幅員、路面排水、側溝等を備えた道路を整備し、市に無償で提供するものとする、(4)開発面積が三〇〇〇平方メートル以上の場合は、一定の割合による公園、緑地を設けなければならない、(5)上下水道施設については、事業主の費用負担において市が施工し、又は市の指示に従って事業主が施工し、その施設を市に無償で提供するものとする、(6)建設計画が一五戸以上の場合は、市が定める基準により学校用地を市に無償で提供し、又は用地取得費を負担するとともに、これらの施設の建設に要する費用を負担するものとする(この負担すべき金員を「教育施設負担金」といい、その金額は、建設計画が一五戸ないし一一三戸の場合には、一戸につき五四万四〇〇〇円とされていた。)、(7)市の指示により、消防施設、ごみの集積処理施設、街路灯等の安全施設を設置、整備し、駐車場用地を確保するものとする、(8)指導要綱に従わない事業主に対して、市は上下水道等必要な施設その他の協力を行わないことがある、等とする内容のものであった。

(三)  被上告人は、指導要綱の運営に当たり、武蔵野市宅地開発等審査会を設置し、次のような方法で事業主に指導要綱を履践させていた。

事業主は、被上告人の担当課と事前に協議した上、教育施設負担金寄付願等を添付して事業計画承認願を被上告人の市長に提出し、右審査会は、指導要綱所定の要件が整っていればこれを承認し、要件が整っていなければ担当課において更に行政指導を行い、承認された事業主に対しては、市長が事業計画承認書を交付する。事業主は、右承認後二〇日以内に被上告人に右寄付願に記載した教育施設負担金等を納付する。被上告人は、東京都の各関係機関に対し、建築確認の申請等があった場合申込申請書受理以前に指導要綱につき被上告人と協議するよう行政指導されたい旨を依頼し、東京都の各関係機関はこれを承諾してそのような行政指導を行い、市長から前記承認書の交付を受けた事業主は、建築確認申請書と共に右承認書を提出して建築確認を受け、その後工事に着手することとなっていた。

(四)  指導要綱は、被上告人のみならず市民もその実施に強い熱意をもっていたこと、前記市との事前協議、審査会の承認、建築確認手続についての東京都の協力とあいまって広範囲に適用されたこと、事業主の側も指導要綱に従わないと開発等が事実上難しくなるなどの見通しを持つに至ったこと等もあって、年を追うごとに定着して行った。そのため、指導要綱に基づく行政指導に従うことができない事業主は、事実上開発等を断念せざるを得なくなり、後述の山基建設株式会社(以下「山基建設」という。)の例を除いては、指導要綱はほぼ完全に遵守される結果となった。なかでも、教育施設負担金については、減免、延納又は分納の例もなく、山基建設も、後述のとおり、裁判上の和解において、寄付金であることを明示して教育施設負担金相当額を支払う旨を約束せざるを得なかった。

(五)  武蔵野市内に本店を置く山基建設は、昭和四九年六月ころ、武蔵野市内にマンションを建築することを計画し、同年一二月七日、指導要綱に基づく被上告人の事業計画承認を得ないまま建築確認を得て、昭和五〇年五月ころ、その建築に着工したところ、被上告人は、工事用の水道メーターの取り付けを拒否した。そこで、山基建設は、東京地方裁判所八王子支部に水道の給水等を求める仮処分を申請し、同支部は、同年一二月八日、被上告人に対し水道の給水を命ずる仮処分命令を発した。同月二〇日、右仮処分異議訴訟において、被上告人は山基建設に水道を供給し、下水道の使用を認め、山基建設は、右マンションの付近住民に対し解決金として三五〇万円を、被上告人に対し寄付金として指導要綱に基づく教育施設負担金相当額をそれぞれ支払う旨の訴訟上の和解が成立した。

(六)  山基建設は、昭和五二年二月、武蔵野市内において指導要綱に定める諸手続を履践しないままマンションの建築に着工したところ、被上告人は、再び山基建設に対し水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶した。なお、右マンション完成後入居者からの給水申込みも拒否したため、被上告人の市長は、昭和五三年一二月五日、水道法一五条一項違反の罪名で起訴され、有罪判決を受けた。

(七)  山基建設に関する右の一連の紛争は新聞等で報道された。

(八)  亡髙橋米久(以下単に「米久」という。)は、昭和五二年五月ころ、武蔵野市内の本件土地に米久、その妻の上告人髙橋喜久枝、二男の上告人髙橋良治及び三男の上告人髙橋伸公の四名名義で三階建の賃貸マンションの建築を計画し、指導要綱に関連する被上告人との折衝等を株式会社新建築設計事務所の代表者倉内成彬に委託した。米久は、倉内から、指導要綱に従って教育施設負担金一五二三万二〇〇〇円を寄付しなければならない旨を告げられたが、指導要綱に基づき被上告人に対し公園用地を無償貸与し、道路用地を贈与し、公園の遊具施設を寄付し、防火水槽の設置費を負担することとなっていたし、これまでも多額の税金を納付していたので、その上更に高額の教育施設負担金を寄付しなければならないことに強い不満を持ち、被上告人との事前協議の際に、新建築設計事務所の従業員を通じ、担当者に教育施設負担金の減免、延納等を懇請したが、右担当者は、前例がないとしてこれを拒絶した。

(九)  その後、米久は、指導要綱の手続、教育施設負担金条項及びその運用の実情等を承知していた倉内から、指導要綱に従って教育施設負担金の寄付を申し入れて事業計画承認を得ないと被上告人から上下水道の利用を拒否され、マンションが建てられなくなるとの説明を受けたので、やむなく、昭和五二年八月五日、指導要綱に従って一五二二万二〇〇〇円(ただし、指導要綱にしたがって計算すると一五二三万二〇〇〇円となる。)を寄付する旨の寄付願を添付して事業計画承認願を被上告人宛に提出し、同月二五日右承認願は前記宅地開発等審査会において承認され、同年一〇月二五日建築確認がされた。

(一〇)  米久は、なおも高額の教育施設負担金の寄付が納得できなかったので、自ら被上告人の担当者に教育施設負担金の減免、分納、延納を懇請したが、再び前例がないとして断わられ、同年一一月二日、一五二三万二〇〇〇円を被上告人に納付した。

2  原審は、右事実関係の下において、指導要綱とそれに関連する制度そのものが当然に違法とまではいえず、したがって、被上告人が米久に教育施設負担金を納付するよう行政指導したことが、当然に公権力の違法な行使に当たるとは認められないし、山基建設と被上告人との間の紛争が米久の意思に影響を与えたことを考慮しても、被上告人の職員の米久に対する本件建物建築についての教育施設負担金をめぐる具体的な行政指導が、その限界を超えた違法なものとはいえないとして、上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものと判断した。

3  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

前記1(一)の指導要綱制定に至る背景、制定の手続、被上告人が当面していた問題等を考慮すると、行政指導として教育施設の充実に充てるために事業主に対して寄付金の納付を求めること自体は、強制にわたるなど事業主の任意性を損うことがない限り、違法ということはできない。

しかし、指導要綱は、法令の根拠に基づくものではなく、被上告人において、事業主に対する行政指導を行うための内部基準であるにもかかわらず、水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、事業主に一定の義務を課するようなものとなっており、また、これを遵守させるため、一定の手続が設けられている。そして、教育施設負担金についても、その金額は選択の余地のないほど具体的に定められており、事業主の義務の一部として寄付金を割り当て、その納付を命ずるような文言となっているから、右負担金が事業主の任意の寄付金の趣旨で規定されていると認めるのは困難である。しかも、事業主が指導要綱に基づく行政指導に従わなかった場合に採ることがあるとされる給水契約の締結の拒否という制裁措置は、水道法上許されないものであり(同法一五条一項、最高裁昭和六〇年(あ)第一二六五号平成元年一一月八日第二小法廷決定・裁判集刑事二五三号三九九頁参照)、右措置が採られた場合には、マンションを建築してもそれを住居として使用することが事実上不可能となり、建築の目的を達成することができなくなるような性質のものである。また、被上告人が米久に対し教育施設負担金の納付を求めた当時においては、指導要綱に基づく行政指導に従うことができない事業主は事実上開発等を断念せざるを得なくなっており、これに従わずに開発等を行った事業主は山基建設以外になく、その山基建設の建築したマンションに関しては、現に水道の給水契約の締結及び下水道の使用が拒否され、その事実が新聞等によって報道されていたというのである。さらに、米久が被上告人の担当者に対して本件教育施設負担金の減免等を懇請した際には、右担当者は、前例がないとして拒絶しているが、右担当者のこのような対応からは、本件教育施設負担金の納付が事業主の任意の寄付であることを認識した上で行政指導をするという姿勢は、到底うかがうことができない。

右のような指導要綱の文言及び運用の実態からすると、本件当時、被上告人は、事業主に対し、法が認めておらずしかもそれが実施された場合にはマンション建築の目的の達成が事実上不可能となる水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、指導要綱を遵守させようとしていたというべきである。被上告人が米久に対し指導要綱に基づいて教育施設負担金の納付を求めた行為も、被上告人の担当者が教育施設負担金の減免等の懇請に対し前例がないとして拒絶した態度とあいまって、米久に対し、指導要綱所定の教育施設負担金を納付しなければ、水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶されると考えさせるに十分なものであって、マンションを建築しようとする以上右行政指導に従うことを余儀なくさせるものであり、米久に教育施設負担金の納付を事実上強制しようとしたものということができる。指導要綱に基づく行政指導が、武蔵野市民の生活環境をいわゆる乱開発から守ることを目的とするものであり、多くの武蔵野市民の支持を受けていたことなどを考慮しても、右行為は、本来任意に寄付金の納付を求めるべき行政指導の限界を超えるものであり、違法な公権力の行使であるといわざるを得ない。

これに反する前記原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、理由があり、原判決のうち上告人らの予備的請求に係る損害賠償請求を棄却した部分は破棄を免れず、右部分につき更に審理を尽くさせるために原審に差し戻すこととする。

よって、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官橋元四郎平 裁判官大堀誠一 裁判官味村治 裁判官小野幹雄 裁判官三好達)

上告代理人岸巖、同田中喜代重の上告理由

第一点 原判決には理由不備または理由齟齬の違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄されるべきである。

一1 原判決は、上告人らの主位的請求に対し、一部理由を付加、訂正、削除したほか第一審判決の理由説示を引用して、亡高橋米久(以下亡米久という)の本件寄附の意思表示が強迫によるものでない旨認定している。

しかしながら、原判決は、本件指導要綱の性質、その内容、本件指導要綱に基づく行政指導の運用の実際、本件行政指導の違法性の有無等、当時被上告人が本件指導要綱の遵守を亡米久ら事業主に対し事実上強制して畏怖させていたという客観情勢については何等の判断もしていない。当時被上告人が亡米久ら事業主に対し本件指導要綱の遵守を事実上強制して畏怖させていたという客観情勢を正当に評価できれば、被上告人の担当職員の行った強迫行為を認定するのは極めて容易である。

2 強迫は、相手方が畏怖していることを知りながら、その畏怖に乗じて意思表示をさせた場合にも成立することは原判決も認めるところである。しかるに、原判決は、本件指導要綱の違法性を有する性質、本件指導要綱に基づく被上告人の行政指導の違法性等については何等の判断を示さず、亡米久が本件指導要綱に基づく給水等の制限措置に畏怖しているのに乗じて、本件教育施設負担金の寄附を強制したとの認識をもっていたとは到底うかがえない旨認定し、強迫の成立を否定している。

3 しかしながら、他方において、原判決は、上告人らの予備的請求に対し、本件指導要綱は「個々の規定の文言は、事業主に対し一定の義務を課する法規範と同様の形式を採っているばかりでなく、その内容も、拠出する金額、土地の面積等が選択、裁量の余地のないほど具体的に定められており」、「しかも、右負担金等は、前記のとおり、一定の割合により算出されたり、市の指示に従う形式を採っているのであって、右要綱の文言のみからは、右負担金等が、事業主の自発的な、任意の意思による寄附金の趣旨で規定されていると認めるのはかなり困難である」旨認定し、本件指導要綱に定める教育施設負担金の寄附が、事業主の自発的な、任意の寄附ではなく、租税等と同様に強制的に徴収される性格の形式、内容となっていることを認めている。

4 また、原判決は、本件指導要綱の実際の運用に関し、本件指導要綱は広範囲に適用され、右要綱に従うことのできない事業主は、事実上開発を断念せざるを得なくなり、山基建設の事例を除いては、右要綱はほぼ一〇〇パーセント遵守される結果となったし、なかでも、教育施設負担金については、減免は勿論、延納または分納の例もなかったが、このように、本件指導要綱は、その規定の体裁、内容のみならず、一〇〇パーセントともいうべき教育施設負担金の納付等運用の実態にも全く問題がないとはいえない旨認定し、本件指導要綱が強制的に運用されたことを事実上認めているのである。

5 更に、原判決は、昭和五〇年には山基建設が工事用の水道を止められる事件が起こり、その後山基建設をめぐる問題が次々に生じ、被上告人市長の強硬方針が実施されるなどしたが、その事実は倉内は勿論、亡米久らも充分承知していたであろうし、一方本件建物を翌五三年三月までに完成させたいとの亡米久の希望にも拘らず、教育施設負担金の納付をめぐって問題が生ずると、少くとも建物の完成が延びたかも知れないことも容易に推測され、そのことと亡米久が教育施設負担金を納付したことが関連していることを認め、被上告人市長が山基建設に対し給水等の制限措置をとった際に、本件指導要綱の遵守を厳命し、右要綱に従わない事業主には給水等の制限措置をとる旨公言していたこと等(原因)が、亡米久が被上告人に対し右負担金を納付した(結果)こととの間に因果関係のあることを認めている。

6 亡米久は、当時本件建物を建築するためには、被上告人の制定した本件指導要綱に基づいて算出した教育施設負担金を納付する以外に選択、裁量の余地は全くないのであるから、若し、右負担金を納付せずに本件建物の建築に着工すれば、被上告人から山基建設の場合と同様に、給水等の制限措置をとられると畏怖していた、ことは容易に推認できるのである。

当時、亡米久ら事業主は、被上告人が本件指導要綱の遵守を強制するのに対し、本件建物の建築等の開発行為を実施するためには、右要綱を遵守して前記負担金を納付する以外に選択の余地がなかったことは原判決の認めるところである。したがって、このような寄附は、事業主の自発的な、任意のものではなく、強制徴収以外の何物でもない。

7 当時、被上告人市長らの上司から本件指導要綱の遵守を厳命されていた中島課長や高橋担当職員らは、亡米久らの事業主が前記負担金を自発的、任意的に寄附するのではなく、事実上強制的に徴収されることを承知で、すなわち、右負担金の納付を拒否すれば給水等の制限措置をとられ、事実上開発を断念しなければならなくなることを承知の上で、鈴木和一、倉内成彬、亡米久らに対し、前例がない(ないし特例は認められない)ことを理由に、右負担金の納付を強制したものである。中島課長らが亡米久らからの右負担金の減免等の懇請に対し、「前例がない」(ないし特例は認められない)と拒否したのは、正しく例外は認めないから右負担金を納付するようにと強制したものであって、それ以外の何物でもない。

8 右の次第で原判決は首尾一貫せず、判決理由に矛盾があり、理由不備または理由齟齬の違法がある。また、原判決には、本位的請求と予備的請求においても、判決理由に矛盾があり、理由不備または理由齟齬の違法がある。以下右の点を詳述する。

二1 元来、本件指導要綱とは、法律でも条例でもなく、被上告人が法令によらずに、行政指導をするときの指針を示したものにすぎず、もともと法的な拘束力や強制力を有するものではなく、勧告的、任意的なものであって、事業者に対し任意の協力を要請するにすぎないものである。したがって、事業者は、この協力要請に従うかどうかの選択権を有し、行政指導を受けた事業者がこれに従わなかったからといって、なんらの不利益を与えるような措置を法的に行い得る道理はないのである。

つまり、憲法上、国民に保障された基本的自由および権利を制限する行政権の発動は、すべて法律にその根拠を有し、法律に定めるところに従って行われることを要するとする、いわゆる法律による行政の原理があらゆる行政運営の基本とされるべきことは言うまでもないのである(東京地裁昭和五九・二・二五判決・甲第八六号証)。

2 また、本件指導要綱は、被上告人において宅地開発等を行う事業者に対し、必要な行政指導を行うための方針(内部準則)を示す性格をもつものである。

要するに、本件指導要綱が、法律、条例と異り相手方の任意の履行を期待する行政指導の方針を示す内部準則であって、これに従わないからといって違法の烙印を押し得るものでないことは疑いない。指導要綱をもって一種の慣習法的存在ということがあっても、もとよりこれは法的確信に裏づけられた真正の慣習法を意味するものと考えるべきではなく、してみれば、山基建設が本件指導要綱に従わなかったからといって、直ちに過度な否定的評価を下すのは早計と思われる(東京高裁昭和六〇・八・三〇判決、甲第八九号証)。

3 ところが、原判決が本訴の予備的請求に対する判示として認定しているところによると、本件指導要綱の内容は、「右(教育施設)負担金等が、事業主の自発的な、任意の意思による寄附金の趣旨で規定されていると認めるのはかなり困難である」(原判決二六丁表一行ないし三行目)。すなわち、原判決も、本件指導要綱に基づく教育施設負担金の寄付が事業主、すなわち亡米久らの自発的な、任意の意思による寄附金の趣旨で規定されているものではないことを認めている。端的にいえば、本件指導要綱に規定された教育施設負担金の寄附条項は任意性のあるものではなく、例外を認めない強制力を有するものとして規定されていたのである。

4 本件指導要綱の具体的な内容は原判決の二四丁、二五丁の(1)ないし(6)に認定するとおりであって、「個々の規定の文言は、事業主に対し一定の義務を課する法規範と同様の形式を採っているばかりでなく、その内容も、拠出する金額、土地の面積等が選択、裁量の余地のないほど具体的に定められている」(同二五丁(二))。すなわち、本件指導要綱に規定されている教育施設負担金の金額は選択、裁量の余地がない一定の確定金額として具体的に定められているのである。

5 また、原判決の認定によると、「右要綱は、建築基準法、都市計画法等の領域にとどまらず、道路、上下水道、消防、ごみ処理、更には教育施設までも含んだ、土地開発に際し通常生じ、市民の権利義務と直接関わりのある諸問題を、広範囲に指導の対象としたもので、教育施設負担金を始め諸費用の負担についてまで規定しており、しかも、右負担金等は、前記のとおり、一定の割合により算出されたり、市の指示に従う形式を採っている」(同二五丁(三))。

6 右の次第であって、本件指導要綱の内容となっている教育施設負担金に関する規定は、選択、裁量の余地のないほど具体的に定められており、事業主の自発的な、任意の意思による寄附金の趣旨で規定されているものではなく、また、本件指導要綱の形式も、事業主に対し一定の義務を課する法規範と同様の形式になっており、強制することを前提にしていることは原判決も認めるところである。

三 そこで、次にこのような性格を有する本件指導要綱に基づき、被上告人は亡米久らの事業主に対し、どのような行政指導を実施したのか、が問題となる。

1 この点につき、原判決は、本訴の予備的請求に対する判示として、「本件指導要綱は、市との事前協議、審査会の承認、建築確認手続についての東京都の協力などと相俟って、広範囲に適用され、右要綱に従うことのできない事業主は、事実上開発を断念せざるを得なくなり、山基建設の事例を除いては、右要綱はほぼ一〇〇パーセント遵守される結果となった。」、「かくして、昭和四六年一〇月一日の本件指導要綱の制定依頼、同五四年七月三一日までの間、総申請件数四〇五件中、本件指導要綱に従って三三二件の建物建築が承認され、五八件は申請を取り下げ、一五件が保留される結果となった。一、「なかでも教育施設負担金については、減免は勿論、延納または分納の例もなく、前記山基建設すら、裁判所の和解において、寄附金であることを明示して、右負担金相当額を支払う旨約束せざるを得なかったし、教育施設負担金として納付された総額は五億円余にのぼった。」旨認定(原判決二六丁(一))し、「本件指導要綱は、その規定の体裁、内容のみならず、一〇〇パーセントともいうべき教育施設負担金の納付等運用の実態にも全く問題がなかったとはいえない」旨判示している。

2 原判決が認定するように、事業主から被上告人に対し、教育施設負担金が一〇〇パーセント納付されたのは、被上告人が本件指導要綱の遵守の名の下に教育施設負担金の納付を強制していた結果に外ならない。すなわち

(一) 本件指導要綱には、該要綱に従わない事業主に対して、市は上下水道等必要な施設その他必要な協力を行わないことがある。」(原判決二五丁(6))旨の制裁条項が規定されており、現に本件指導要綱に従わなかった山基建設が昭和四九年以来次々にマンションを建築するにつき被上告人から上水道の供給並びに下水道の使用を拒否され、これをめぐる仮処分事件等のトラブルが新聞等によって屡々報道されたため、これらの事実は亡米久をはじめ倉内らも十分承知していた(原判決の引用する第一審判決二五丁(六)ないし二七丁(七)、原判決三二丁(2))。

(二) また、当時の被上告人の市長らは再三に亘って新聞記者会見ないし市議会等において、本件指導要綱を遵守しない限り、上下水道を使用させることはできない旨公言したり(第一審証人中島正の供述、同証人調書一七丁)、その旨の発言が度々新聞記事となっていたため、被上告人市長の強硬方針が実施されることは亡米久らも十分承知していた(原判決三二丁(2))。

そのため、亡米久ら事業主は、本件指導要綱を遵守しなかった場合には、山基建設の場合と同様に、上下水道の供給拒否という制限措置をとられるものと畏怖していたであろうということは、右の事実から容易に推認できるところである。

(三) 当時の被上告人市長らは、被上告人の担当職員に対し本件指導要綱を遵守するよう厳命していたため、例外は認められないという趣旨で、被上告人市の宅地開発指導係である高橋茂が新建築設計事務所の鈴木和一に対し、前例がないないし特例は認められないことを理由に、教育施設負担金の減免等の申出を拒否し、また、同じく都市計画課長中島正が亡米久および倉内らに対し、同様に前例がないことを理由に右負担金の減免等の申出を拒否したのである。

(四) 当時、被上告人が本件指導要綱に基づき教育施設負担金の寄附を強制していたことは、次の事実によっても明らかである。すなわち

本件指導要綱に定める算定基準に基づかないで、例えば算出基準以下の教育施設負担金の寄附願ないし全然右負担金を寄附しない事業計画承認願を提出しても、被上告人の担当者によって受理を拒否されるし(第一審証人中島正の右証人調書一七丁)、また、右負担金を寄附したくないということで事業計画承認願に寄附願を添付しないで提出しても、被上告人の担当者は例外を認めなかったため、右承認願はこれまた受理を拒否されたのである(右中島証人の証人調書一八丁、第一審証人高橋茂の証人調書一一丁、一二丁)。

原判決認定のように、本件指導要綱によると、教育施設負担金の算出基準が定められており、右算出基準に基づかない右負担金の寄附は、被上告人の担当受付において受理を拒否されたのである。したがって、右負担金の金額は算出基準によって一定しており、寄附をする事業主の自由な意思によって金額の決定ないし選択ができる性質のものではなかった(右中島証人の証人調書一六丁、右高橋証人の証人調書九丁)。

右の事実は、右負担金の寄附が任意のものではなく、強制されたものであることの一つの根拠である。

四 他方、亡米久は倉内らから本件指導要綱に従って教育施設負担金の寄附を申入れ、所定の事業計画承認手続を経ないと、被上告人から上下水道の供給が受けられなくなり本件建物が建てられなくなる旨の説明を受けていた(原判決の引用する第一審判決一六丁、一七丁(二))。

また、前記第三項2(一)記載のとおり、昭和五〇年には山基建設が工事用の水道を止められる事件が起こり、その後山基建設をめぐる問題が次々と発生し、被上告人市長の強硬方針が実施されるなどしたため(原判決三二丁(2))、亡米久が倉内らの右説明どおりに、所定の教育施設負担金を被上告人に納付しない場合には、山基建設の場合と同様に、上下水道の供給を拒否されるのではないかと畏怖していたことは容易に推認できるところである。

したがって、亡米久としては、被上告人の本件指導要綱に基づく強制的な行政指導に従って、教育施設負担金を納付して本件建物の建築手続を進めるか、あるいは、本件建物の建築を断念して教育施設負担金の納付を免れるか、二者択一の選択を迫られていたのである。

五 しかしながら、亡米久は、年額一、〇〇〇万円以上の多額の市税を納付し、本件建物を建築するに当っても、本件敷地内に公園緑地(444.82平方メートル)および防火水槽を設置して(費用約五〇〇万円)被上告人に無償貸与し(甲第二号証の七、甲第八一号証の一)、道路拡張用地約三九平方メートル(時価約七〇〇万円)を被上告人に贈与し(甲第二号証の七、甲第八一号証の二)、公園の遊具施設を寄附した上、更に一、五二三万二、〇〇〇円という高額の教育施設負担金を支払うことに不満であり、右負担金を被上告人に支払うことを拒否し、倉内らに対し、更に右負担金の免除、減額、分納、延納等をしてもらうように被上告人と交渉するよう依頼したことは、原判決も大筋において認めるところである(原判決三〇丁(3)、原判決の引用する第一審判決一六丁(一))。

そのため、倉内は、鈴木和一を被上告人の担当職員である高橋茂の許に差し向け、右負担金の免除、減額、分納、延納等について数回に亘り交渉させたが、高橋は「そういう特例は認められない(ないしは、そういう前例はない)」という理由で右申出を拒否した(原判決三〇丁(3)、原判決の引用する第一審判決一六丁(一))。

六 しかしながら、亡米久は、右第五項記載の理由で、なおも高額な教育施設負担金を納付することに納得できなかったので、右負担金の納付期限の経過した同年一〇月二六日頃、倉内を同道して被上告人市役所に計画課長中島正を訪ね、右負担金の免除、減額、分納、延納等を懇請したが、中島から前例がないとしてことわられた、ことは原判決の認定するとおりである(原判決三〇丁(3)、原判決の引用する第一審判決一七丁(三))。

七 当時、本件指導要綱の遵守こそ、被上告人市長の最大のスローガンだったのである。そのため、亡米久一人に対し特例を認めることはできなかったのである。中島計画課長は、被上告人市長らの上司から、また、高橋担当職員は中島課長らの上司から本件指導要綱を遵守するように厳命されていた(前記第三項2(二)、(四))ため、亡米久、倉内、鈴木らに対し本件負担金の減免等は前例がないので認められない旨拒否したのは当然の成行である。原判決の認定するように、本件指導要綱に従うことのできない事業主は、事実上開発を断念せざるを得なくなり、山基建設の事件を除いては、本件指導要綱はほぼ一〇〇パーセント遵守される結果となった(原判決二六丁(一))のであって、このことは原判決が本件指導要綱が施行されてから実際に教育施設負担金の減免等を認めた実例はなく、中島らは右指導要綱実施の実状に従って、亡米久らの申出をことわったものである旨認定していることによって裏付けられる(原判決二〇丁、二一丁7)。

八 その際、被上告人側の中島、高橋らが亡米久、倉内、鈴木らに対し、本件教育施設負担金の納付を拒んだ場合には、給水等の制限措置をとることもある旨の説明をしたか否かは問題である。被上告人側の担当職員が亡米久らに対し、右の説明をしたのであれば右負担金の納付を強制した旨の認定が容易となるからである。

1 この点につき、原判決は、「被控訴人の側でも、給水等の制限措置について、その発動をほのめかしたり、その他強制にわたる言動はなく、高橋らとしては、他の事業主と比較し、亡米久の教育施設負担金についての不満は、金銭の出捐についての一般的な不満以上のものではないように感じた。」旨認定している(原判決三一丁表)が、右認定の根拠は中島証人や高橋証人の供述を鵜飲みにしただけのものにすぎないだけでなく、高橋証人らの右供述は単なる推測や主観的な感想を述べたにすぎないのである。のみならず、このような原判決の認定は次に述べるような事実に照し明らかに矛盾しており誤りである。

2 すなわち、原判決は、「原審および当審証人倉内成彬、原審における証人鈴木和一の各証言、原審における承継前の控訴人高橋米久本人尋問の結果中には、教育施設負担金の納付については納得することができず、強くその減免を求め、長時間交渉したとか、高橋や中島において、教育施設負担金の納付を拒んだ場合には、給水等の制限措置が発動される旨話したなどと述べる部分があるが、」……措信できない旨認定する(原判決三一丁、三二丁(1))。

3 しかしながら、原判決の右認定は明らかに矛盾している。なぜなら、原判決は他方において、「本件指導要綱が問題を含んだものであったこと、その実施の状況、山基建設と被控訴人との紛争が亡米久の意思に影響を与えたであろう」ことは認めているからである。

すなわち、原判決は、本件指導要綱の性格の問題性、該指導要綱実施の状況および山基建設と被上告人との紛争(以上の原因)と、亡米久が前記負担金を寄附する旨の意思表示をした(結果)こと、との間に因果関係の存在することを認めているのである。

而して、原判決が「本件指導要綱が問題を含んだものであったこと」につき、具体的にどのように認定しているかについては、前記第二項3ないし6において既述したとおりであり、また、「本件指導要綱の実施の状況」については、前記第三項1ないし4において既述したとおりである。更に、亡米久は倉内らから本件指導要綱に従って本件負担金を納付しなければ、被上告人から本件建物に対する給水等の制限措置をとられるため本件建物の建築ができなくなる旨の説明を受けていただけでなく、被上告人と山基建設をめぐる紛争が発生し、被上告人が山基建設に対し給水等の制限措置をとったこと、これに伴い被上告人市長が本件指導要綱を遵守しない事業主に対し給水等の制限措置を発動しても本件指導要綱を遵守するとの強硬方針を実施したことに伴い、亡米久が本件教育施設負担金の納付を拒否すれば、山基建設の場合と同様に、給水等の制限措置をとられるであろうと畏怖していたことは容易に推認できるところである。而して、強迫は、相手方が畏怖していることを知りながら、その畏怖に乗じて意思表示をさせた場合にも成立する、ことは原判決も認めるところである。

4 ところで、亡米久、倉内、鈴木らと被上告人側の担当職員であった中島、高橋らとの教育施設負担金の減免等に関する折衝の経緯は次のとおりである。

(一)(1) 鈴木和一が被上告人側の担当職員である高橋茂に対し、右負担金の減免等につき折衝に行ったのは一回ではなく、三、四回行っており、時期は事業計画承認願を提出する前後頃である。鈴木は最初高橋に対し右負担金の免除を懇請したところ、高橋から特例は認められないと拒否されたため、次いで右負担金の減額を懇請したのである。これに対し高橋は同じように特例は認められない旨拒否したのであるが、納付方法として分納できないこともないと説明したが、翌日には、再び鈴木に対し分納もできないので一括納付してくれと要求したのである。そこで、鈴木は分納もできないのであれば、本件建物完成後に納付する延納を認めてくれるように懇請したが、高橋は延納もできないといって拒否し、あくまでも指定の期日に一括納付するように要求した(第一審証人鈴木和一の昭和五五・九・一七付証人調書一四丁ないし一七丁、二四丁、第一審の原告の第一回本人調書五丁、六丁、同第二回本人調書三丁、原審の倉内証人調書一二丁、一三丁、二二丁、第一審の倉内証人の第二回証人調書九丁、一〇丁)。

(2) また、その際、鈴木は高橋に対し、右負担金を納付しない場合の被上告人の処置について問い質したところ、高橋は本件指導要綱に定められているとおり、被上告人は上下水道の供給を拒否する場合があり得る旨回答している(右調書一七丁、二四丁、二六丁)。鈴木は本件指導要綱の中に右要綱を遵守しない事業主に対しては、給水等の制限措置をとる旨の制裁条項があることを承知していたのに、高橋に対し右負担金を納付しない場合の被上告人の処置を問い質したのは、被上告人が右制裁条項を行使するか否かを確認するためであった(鈴木証人の右調書二六丁)。

(3) また、鈴木は高橋との折衝の経緯を遂一倉内に報告し、倉内を通じて亡米久に報告していたし、鈴木から直接亡米久に対し右負担金の納付を拒否すると給水等の制限措置をとられること、山基建設の紛争の例や給水等の制限措置をとられている状況を説明し、右負担金の納入を拒否すると被上告人との間に紛争を生じ、給水等の制限措置をとられ、本件建物の建築に障害を生じてくること等も説明したし(右鈴木証人の調書一七丁、第一審原告の第二回本人調書二丁、原審の倉内証人調書一一丁、第一審の倉内証人の第一回証人調書二五丁)、亡米久自身、山基建設の紛争の実例も承知していた(第一審原告の第一回本人調書七丁、八丁、同第二回本人調書五丁、原審倉内証人調書一七丁、一八丁、第一審の倉内証人の第二回証人調書二五丁)ので、被上告人との間の紛争をさけ、本件建物を建築するためには右負担金を納付する以外に方法がない状態にあったのである(鈴木証人の右調書二九丁)。

右のように、鈴木は倉内ないし亡米久と緊密に連絡をとりながら、三回も四回も執拗に高橋に対し右負担金の減免等の折衝を継続してきたのである。

(二)(1) 前記第五項記載の如く、亡米久は、年額一、〇〇〇万円以上の多額の市税を被上告人市に納付し、本件建物の建築に際しても公園緑地、道路拡張等のため、一、二〇〇万円に達する多額の出費を余儀なくさせられている上に、更に本件教育施設負担金として金一、五二三万余円というこれまた高額の負担をさせられることに強い不満をもっていた。この点、原判決は、「亡米久の教育施設負担金についての不満は、金銭の出捐についての一般的な不満以上のものではないように感じた。」旨認定するが、右認定は明らかに誤りである。亡米久は本件指導要綱に基づく本件教育施設負担金が寄附であって、本来事業主の自由な、任意の意思によって納付すべき性質のものを、被上告人が法令の根拠なしに、事業主にとって支払義務がないのに被上告人が給水等の制限措置をとるという強迫によって納付を強要していること、被上告人の承認がなければ本件建物の建築が困難になること、その場合には亡米久は更に莫大な損害を被ることなどを理由に、右損害金の納付に強い不満をもっていた(原審の倉内証人調書一六丁)。

(2) そのため、亡米久は鈴木の折衝および新建築設計事務所の倉内らの報告に満足せず、亡米久自身が倉内を伴って、直接被上告人の担当責任者である中島課長と折衝したのである。

当時、被上告人は山基建設との問に次々と紛争が発生し、被上告人市長は本件指導要綱の厳守をスローガンとし、山基建設に対し給水等の制限措置をとるという強硬手段に訴えていただけでなく、本件指導要綱を遵守しない事業主に対し、給水等の制限措置をとる旨公言するとともに、被上告人の職員に対しても本件指導要綱の遵守を厳命していたのである(その詳細は前記第三項2(一)ないし(四)参照)。

そのため、中島課長も高橋と同様に、亡米久および倉内らの右負担金の免除、減額、分納、延納等の懇請に対し、前例がない(ないしは例外は認められない)と拒否したのである。原判決認定のように、中島課長は、本件指導要綱が実施されて以来、実際に右負担金の減額等を認めた実例がなく、かつ、被上告人市長から本件指導要綱を遵守するように厳命されていたのであるから、亡米久らの懇請を拒否したのは当然の成行であった。

(3) その際、中島課長は、亡米久らに対し、右負担金の納付を拒否すれば、給水等の制限措置を発動する旨話したか否か問題であるところ、原判決はこの点を否定する(原判決三一丁)。しかし、右認定は明らかに矛盾であり、誤りである。なぜなら、原判決は、他方において、昭和五〇年には山基建設が工事用の水道を止められる事件が起こり、その後山基建設をめぐる問題が次々と生じ、被上告人市長の強硬方針が実施されるなどしたが、その事実は倉内は勿論、亡米久らも充分承知していたであろう(原判決三二丁(2))と認定しているのであるから、当時、中島課長は被上告人市長らの上司より本件指導要綱の遵守を厳命されているだけでなく、被上告人市長が本件指導要綱を遵守しない事業主に対し給水等の制限措置をとる旨公言し、強硬方針を実施していることは十分承知していたのである。したがって、中島課長は、前述のように、亡米久らに対し前例がないとか特例を認めることはできない等といって亡米久らの前記負担金の減免等の懇請を拒否しているのである。

再三述べるように、当時、被上告人市長は本件指導要綱の遵守を最大のスローガンとしていたのであり、中島課長、高橋担当職員も亡米久に対し例外ないし特例を認める立場になかったのである。したがって、亡米久が前記負担金の納入を拒否すれば、被上告人が亡米久の本件建物の建築に際し、給水等の制限措置を発動することは、中島課長も十分承知していた筈である。それ故、中島課長が亡米久、倉内に対し、前記負担金の納付を拒否した場合には給水等の制限措置をとる旨発言したという、倉内証人、亡米久の供述は経験則に合致し十分信用できるのであって、むしろ中島証人の供述は措信できないのである。

九 仮りに百歩を譲り、原判決認定のように、中島課長は亡米久らに対し、給水等の制限措置についてその発動をほのめかしたり、その他強制にわたる言動がなかったとしても、原判決認定のように、中島課長は亡米久らに対し、前記負担金の減免等の懇請を前例がないとか特例は認められない等と拒否しているのであるから、前例がないといって拒否する言動の中に、若し右負担金の納付を拒否した場合には、山基建設の場合と同様に、本件指導要綱の制裁措置である給水等の制限措置を発動する趣旨が含まれている、と解するのが合理的である。「前例がない」ないし「特例は認められない」という趣旨は、本件指導要綱の遵守であり、山基建設の前例と同様、制裁措置を発動するということである。

例えば、ヤクザが素人を強迫する場合には、直接的な強迫の言辞である「金を出さなければお前を殺してやる」等という例は少なく、相手方がヤクザはこわいと畏怖しているのを利用して間接的な言辞を用いて「子供を大事にしろ」とか「月夜の晩は気をつけろ」等と申し向けて強迫するのである。この場合には、原判決の認定するように、相手方の素人がヤクザであることに畏怖していることを知りながら、その畏怖に乗じて強迫することができるからである。亡米久は、前述のとおり、当時、本件指導要綱に給水等の制限措置をとる制裁条項のあること、山基建設の場合に本件指導要綱を遵守しなかったため、被上告人が右制裁条項を発動し、給水等の制限措置をとったこと、被上告人市長が本件指導要綱の遵守を厳命し、違反者には右制裁条項を発動することを公言していたこと等から、これらの事実を承知していたため(以上の事実は原判決も認めている)、亡米久も前記負担金の納付を拒否すれば本件指導要綱の不遵守となり、右制裁条項を発動されると承知していた(原判決の引用する第一審判決一六丁、一七丁(二))のであるから、この状態が畏怖状態である。

したがって、強迫が成立するためには、更めて、給水等の制限措置を発動する等と申し向ける必要はなく、「前例がない」とか「特例は認められない」等と申し向けるだけで十分である。

一〇 以上の次第であって、亡米久が教育施設負担金の納付をしたことが中島課長らの強迫によるものであることを否定した原判決には、理由不備または理由齟齬の違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄されるべきである。

第二点 原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があるので破棄されるべきである。

原判決は、本訴の予備的請求に対し、「本件指導要綱は、その規定の体裁、内容のみならず、一〇〇パーセントともいうべき教育施設負担金の納付等運用の実態にも全く問題がないとはいえないにしても、給水等の制限措置は規定上も当然に発動されるわけではなく、強制によるものではなく、任意に教育施設のためにとの目的をもって拠出された金員を、その趣旨に従って、右施設の整備に充てること、そのこと自体は違法とはいえないし、本件指導要綱制定に至る背景、制定の手続、被控訴人市が当面していた問題等を考慮すると、右指導要綱とそれに関する制度そのものが当然に違法とまではいえず、したがって、被控訴人が亡米久から、教育施設負担金の納付を受けたこと、または被控訴人が亡米久に対し、これを納付するように行政指導したことが、当然に公権力の違法な行使に当たるとは認められない。」旨判示した(原判決二八丁3)。

しかしながら、以下に詳述するように、本件指導要綱に基づく行政指導自体が法令に違反しており、違法であって、右法令違背は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄されるべきである。

第一 本件指導要綱に基づく行政指導は以下の理由によって制度自体が違法である。

一 本件指導要綱は、被上告人が被上告人市における無秩序な宅地開発を防止し、中高層建築物による地域住民への被害を排除するとともに、これらの事業によって必要となる公共、公益施設の整備促進をはかるため、宅地開発を行なう事業者に対し必要な行政指導を行なうことを目的に制定したものであって(甲第一号証)、その内容は、原判決が二三丁ないし二六丁の(一)ないし(三)において認定するとおりである。

而して、原判決によると、本件指導要綱は、個々の規定の文言、事業主に対し一定の義務を課する法規範と同様の形式を採っているばかりでなく、その内容も、拠出する金額、土地の面積等が選択、裁量の余地のないほど具体的に定められていることが明らかである(原判決二五丁、(二))。すなわち、本件指導要綱は、形式上も内容上も法令と同じように、事業主に対し一定の具体的な義務を課する定めとなっており、強制することを前提にした規定になっているのである。

本件指導要綱の内容によると、右要綱は、建築基準法、都市計画法等の領域にとどまらず、道路、上下水道、消防、ごみ処理更には教育施設まで含んだ、土地開発に際し通常生じ、市民の権利義務と直接関わりのある諸問題を、広範囲に指導の対象としたもので、教育施設負担金を始め、諸費用の負担についてまで規定しており、しかも、右負担金等は、前記のとおり、一定の割合により算出されたり、市の指示に従う形式を採っているのであって、右要綱の文言のみからは、右負担金等が事業主の自発的な、任意の意思による寄附金の趣旨で規定されていると認めるのはかなり困難である(原判決二五丁、二六丁、(三))。このように、原判決自身、事業主の自発的な、任意の意思による寄附金ではないから、形式は寄附金であっても、実質は事実上強制徴収する負担金の定めとなっていることを認めている。

二 ところで、前述したように(第一点第二項1、2)、元来、本件指導要綱とは、法律でも条例でもなく、被上告人が法令によらずに行政指導をするときの指針を示したものにすぎず、もともと法的な拘束力や強制力を有するものではなく、勧告的、任意的なものであって、事業者に対し任意の協力を要請するにすぎないものである。したがって、事業者は、この協力要請に従うかどうかの選択権を有し、行政指導を受けた事業者がこれに従わなかったからといって、なんらの不利益を与えるような処置を法的に行い得る道理はないのである。

つまり、憲法上、国民に保障された基本的自由および権利を制限する行政権の発動は、すべて法律にその根拠を有し、法律に定めるところに従って行われることを要するとする、いわゆる法律による行政の原理があらゆる行政運営の基本とされるべきであることは言うまでもないのである(東京地裁昭和五九・二・二五判決、甲第八六号証)。

本件指導要綱は、法律、条例と異り、相手方の任意の履行を期待する行政指導の方針を示す内部準則であって、これに従わないからといって違法の烙印を押し得るものでないことは疑いない。指導要綱をもって、一種の慣習法的存在ということがあっても、もとよりこれは法的確信に裏づけられた真正の慣習法を意味するものと考えるべきではなく、してみれば、山基建設が本件指導要綱に従わなかったからといって、直ちに過度な否定的評価を下すのは早計と思われる(東京高裁昭和六〇・八・三〇判決、甲第八九号証)。

三 ところが、被上告人は、本件指導要綱の形式および内容が法令と同一であること、その制定の経緯等から、本件指導要綱に法規範性があり、強制力があるとの誤った解釈の下に、事業主に対し本件指導要綱の遵守を強制し、本件指導要綱に規定されている教育施設負担金の納付を事業主に強制できると認識し、本件指導要綱を遵守しない山基建設に対し、給水等の制限措置という制裁措置を現実に発動することによって、あるいは、被上告人市長が本件指導要綱の遵守を担当者に厳命したり、本件指導要綱に従わない事業者に対し給水等の制限措置を発動する等と公言し、もって本件指導要綱の遵守を事実上強制してきたものである。被上告人が本件指導要綱を自然法または慣習法として法規範性、すなわち強制力があると解釈し、実際にも運用してきたことは以下のことからも明らかである。

四 被上告人が本件指導要綱の遵守を強制していたことは、被上告人が本訴においても、「本件指導要綱は法規範性を有するに至ったものというべきである。」(被告の昭和五四・六・一〇付準備書面(二)末尾参照)とか、「本件指導要綱は自然法又は慣習法としての法規範性を有しているというべきである。」(被告の昭和五四・九・一七付準備書面第二、第四項、(一)末尾参照)などと主張していることによっても極めて明白である。

被上告人が本件指導要綱は法規範性を有するとか、自然法または慣習法としての規範性を有する等と主張するのは、法律上の拘束力が行政機関である被上告人の内部に及ぶだけでなく、直接住民等の事業主に及ぶことを意味するのである。すなわち、被上告人が本件指導要綱に法規範性があると主張するのは、本件指導要綱の遵守を事業主に強制するための理論的根拠としていたのである。

五 また、被上告人が本件指導要綱に基づき実施する行政指導も、行政指導の一態様である。而して、行政指導はあくまでも指導であるから、それに従うかどうかは相手方である事業主の自由であり、任意である。事業主は行政機関である被上告人の行政指導を納得すれば従うし、納得しなければ従わないことができる訳である。このように、服従の任意性は、行政指導の特徴である。

ところが、被上告人は、行政指導の実効性を担保するために、非協力者に対する給水等の制限措置という制裁措置を定めることによって、その事実上の拘束力を直接住民である事業主に及ぶようにしたのみならず、本件指導要綱に法規範性があるとの誤った解釈の下に、実際上は事業主の任意性を抑制し、事実上被上告人の行政指導に従わせようとしたものであって、実質的には行政指導ではなく、事業主がこれに従うかどうかの自由ないし任意性は建前上のものにすぎなかったのである。被上告人は、本件指導要綱の遵守をスローガンに、例外を認めず、事業主に事実上強制する根拠として、ほしいままに本件指導要綱に法規範性があるとか、あるいは、自然法ないし慣習法である、等と誤った解釈をしていたのである。

六 被上告人は、本件指導要綱に基づく行政指導に従わないことを理由に、山基建設に対し給水等の制限措置を強行したが、山基建設の申立た上水供給等仮処分事件(東京地裁八王子支部昭和五〇年(ヨ)第六二一号事件)においても、本件指導要綱を遵守しない山基建設に対し、本件指導要綱に基づき給水等の制限措置をとったことが適法である理由として、被上告人の制定施行した本件指導要綱は環境保全、日照保護等に関し、住民と建築業者との利害を調整するうえで必要不可欠の自然法的規範であり、本件指導要綱の違反者に対し給水契約の締結を制限することは、水道法一五条一項所定の正当の理由に該当するし、また、公共下水道の自由使用の範囲は下水道管理者の定めるところによるものであるから、被上告人が本件指導要綱の定めにより下水道使用の自由を制限するのは適法である旨主張していた(甲第六六号証の仮処分決定の事実中第二、第二項、2、(二)、甲第七四号証の準備書面第一項、第三項末尾参照)。

また、右仮処分申請事件の審訊において、被上告人市長は、山基建設が建設中のマンションに上水を供給しないのは、山基建設が本件指導要綱に定める教育施設負担金の寄附などの義務を履行しないためである、と明言している(甲第七三号証)。被上告人は本件指導要綱に法規制性があり、事業主に対しても直接的に強制力を有するという誤った解釈をとっていたからこそ、山基建設に対し給水等の制限措置をとることができたのは勿論、本件指導要綱の遵守を強制することもできたし、裁判所に対しその旨の主張もできたのである。

七 被上告人の後藤市長、藤本助役らは、再三に亘って新聞記者会見等において、本件指導要綱を遵守しない限り、給水等の制限措置をとる旨公言し、その旨の発言が々新聞記事となっていた(甲第二七号証ないし甲第六一号証、甲第七七号証、甲第七九号証、第一審の倉内証人調書「一三回」一五丁、原審の倉内証人調書一七丁、一八丁、第一審の鈴木証人調書「一五回」五丁、第一審の亡米久の本人調書「一九回」七丁)。

また、当時被上告人の担当であった都市計画課長中島正は、「後藤市長が再三に亘って新聞記者会見や被上告人の市議会等において、本件指導要綱を遵守しない者には上下水道施設等について協力できない旨公言していたことを承知していた」旨供述している(第一審の中島証人調書一七丁)。

本件指導要綱の遵守こそ、当時の被上告人の後藤市政の最大スローガンであって、そのため、被上告人は事業主に対し、本件指導要綱の遵守を事実上強制していたのである。

八 そのため、「亡米久は、鈴木および倉内から本件指導要綱に従って教育施設負担金の寄附を申し入れ、所定の事業計画承認手続を経ないと、被上告人から上下水道の供給が受けられなくなり本件建物が建てられなくなるとの説明を受けていた」(原判決の引用する第一審判決一六丁、一七丁(二))。

被上告人と山基建設との間には前記仮処分事件をめぐる紛争以外に、「昭和五〇年には、山基建設が工事用の水道を止められる事件が起こり、その後山基建設をめぐる問題が次々と生じ、被上告人市長の強硬方針が実施されるなどしたが、その事実は倉内は勿論、亡米久らも充分承知していた」(原判決三二丁(2))ため、亡米久は、本件建物の建築に際し、本件指導要綱を遵守しない場合には、山基建設の場合と同様に、給水等の制限措置をとられると畏怖していた。この間の被上告人と山基建設との間の紛争の経緯および被上告人市長の強硬方針の実施等については、控訴人の第二準備書面、同第五準備書面、同第六準備書面第三項において既述したとおりである(甲第八六号証、甲第八七号証、甲第八九号証)。

九 ところで、本件指導要綱には、事業主が被上告人に事前協議および審査のための事業計画審査願(乙第一五号証2)および事業計画承認願(同号証4)を提出する場合には、被上告人が定めた所定の様式に従った夫々の書面に、これまた所定の寄附願等の必要書類を添付するように定められており、これらの書面を添付しない申請は、被上告人の担当窓口において受理を拒否されていた。すなわち、本件指導要綱に基づいて算出した教育施設負担金に満たない金額の寄附願を添付しまたは寄附願を添付せずに右負担金の寄附を拒否して、事業計画承認願を提出しても、被上告人の担当者によって受理されないのである(第一審の中島証人調書一七丁、一八丁、第一審の高橋証人調書一一丁、一二丁)。

本件指導要綱によると、教育施設負担金は一定の割合により算出されており、拠出する金額が選択、裁量の余地のないほど具体的に定められており、右要綱の文言からは、右負担金が事業主の自発的な任意の意思による寄附金の趣旨で規定されていない(原判決二五丁、二六丁(二)、(三))だけでなく、実際の運用においても、本件指導要綱の算出基準に基づかない右負担金の寄附は被上告人の担当窓口において受理を拒否されるのである。したがって、右負担金の金額は算出基準によって一定しており、寄附をする事業主の自由な意思によって金額の決定ないし選択ができる性質のものではなかった(第一審の中島証人調書一六丁、第一審の高橋証人調書九丁)。したがって、割り当て的寄附金を強制的に徴収するものであった。

一〇 本件指導要綱は、元来行政指導の準則を定めていたものであるから、建前上は事業主の協力と同意のもとに運用されなければならなかったのに拘らず、被上告人が本件指導要綱に法規範性を有するとの誤った解釈をとったために、形式上も内容上も事業主の権利、自由を制約し、事実上これを服従させようとする法規と全く変らないものとして制定され、かつ、実際上も法規と実質的に変らない運用をされてきたものである。

そのため、本件指導要綱は、市との事前協議、審査会の承認、建築確認手続についての東京都の協力などと相俟って、広範囲に適用され、右要綱に従うことのできない事業主は、事実上開発を断念せざるを得なくなり、山基建設の事例を除いては、右要綱はほぼ一〇〇パーセント遵守される結果となった(原判決二六丁、(一))。なかでも、教育施設負担金については、減免は勿論、延納または分納の例もなく、山基建設すら、裁判所の和解において、寄附金であることを明示して、右負担金相当額を支払う旨約束せざるを得なかったのである(原判決二六丁、二七丁、(一))。

一一 地方自治法第一四条第二項の規定によれば、行政事務の処理、すなわち、住民の権利、自由の制約については、住民の代表機関である議会の制定した条例で定めなければならないことになっている。また、同法第二四四条二第一項によれば、普通地方公共団体は、法律またはこれに基づく政令に特別の定めがあるものを除くほか、公の施設の設置およびその管理に関する事項は、条例でこれを定めなければならないことになっている。本件指導要綱は宅地開発事業等によって必要とする公共・公益施設の整備促進をはかる目的を有する(甲第一号証)ものであるから、これは同法条の「公の施設」に該当し、その設置および管理に関する事項は、この規定により条例で定めなければならない内容のものである。しかるに、被上告人は、これを条例で定めずに、条例以外の形式である指導要綱で定めているのであるから、法治主義に違反し、形式的にも違法である。原判決は、本件指導要綱とそれに関する制度そのものが当然に違法とまではいえないと判示したが、右判示は明らかに誤りである。

一二1 また、憲法は、「財産権の不可侵」(憲法第二九条第一項)を保障しつつ、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める」(同法第二項)と規定している。而して、右第二項による建築の自由に対する公共の福祉による制限が、建築基準法、都市計画法等の関係諸立法による建築基準として法定されている。そのため、建築主は、建築計画が関係諸法令の基準に適合している限り、基本的人権としての建物を建築できる自由を保障されているのであって、行政機関は公権力の行使にあたって、右自由を最大限に尊重すべき責務がある。

したがって、建築主は、建築基準法第六条第一項の規定するとおり、「その計画が当該建築物の敷地構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合するものである」場合には、建築確認を受ける権利を有するものであり、かつ、建築主事は、建築主より適法な建築確認申請がなされた場合には、これを受理し、速かに同条第三項、第四項で要求されている措置をとる法律上の義務があるといわなければならない。

2 ところが、被上告人の本件指導要綱に基づく行政指導によれば、建築主(事業主)は、本件指導要綱の遵守を事実上強制されており、本件指導要綱を遵守し、右要綱に基づき被上告人に対し事前協議の申出をなして、被上告人と事前協議を行い、右要綱に定める算出基準によって計算した金額の教育施設負担金を寄附する旨の寄附願書等を添付した事業計画審査願を被上告人に提出して、被上告人の審査を受け、更に事業計画承認願を提出して、被上告人の承認を受ける必要がある。若し、事業主が本件指導要綱を遵守せずにこれらの申請をしても、右申請は被上告人の担当窓口において受理を拒否されるか、該申請の承認を留保される仕組となっていることは前述したとおりである。すなわち、被上告人は事業主に対し、本件指導要綱の遵守を一〇〇パーセント強制していたものであって、法定の建築基準以外の建築基準を付加していたものである。

3 事業主は、右承認後、東京都多摩東部建築指導事務所建築主事に対し、右事業計画承認書を添付した建築確認申請書を提出しなければ、右建築確認申請書を受理してもらえないことになっていた。これは、被上告人が本件指導要綱に基づく行政指導を実施するにあたって、東京都の各関係機関に対し本件指導要綱の実施につき協力を依頼し、建築基準法第六条、都市計画法第二九条、第五三条等に基づく申請のあった場合に、右申請受理以前に、本件指導要綱につき被上告人と協議するように行政指導されたい旨依頼していたので、東京都の各関係機関はこの依頼を入れて、そのような行政指導を行っていたものである。そのため、東京都の建築主事は、たとえ適法な建築確認申請があったとしても、被上告人の前記事業計画承認書が添付されていない場合には、建築確認申請書を受理できないことになり、建築基準法第六条第三項、第四項で要求されている義務を履行することができないことになる。これは事業主の建築確認を受ける権利や自由を法令の範囲を超えて侵害するものであり、この点からするも、本件指導要綱に基づく行政指導は制度自体違法であるといわなければならない。

第二 被上告人の本件指導要綱に基づく行政指導は、亡米久ら事業主に対し、法律の根拠なしに「教育施設負担金の寄附」の名目で金銭の納付を強制するものであり、違法である。

一1 法律や条例に根拠のない本件指導要綱に基づく教育施設負担金の寄附は、法的には、たかだか行政機関である被上告人が事業主である亡米久に対し、寄附のお願いをしているにすぎず、右寄附に応ずるか否か、仮りに応ずるとしてもその金額をいくらにするか等は、亡米久の自発的な、任意の意思に委ねられるべき性質のものであり、被上告人が強制できる性質のものではなく、「たとえ健全なる環境保全のため公共、公益施設の整備促進(学校用地あるいはその取得費や学校建築費用の確保等)をはかる必要があったとしても、地方公共団体が無償で寄附を受けるがごときことは、完全な自由意思の発動を妨げない限度でこれを勧奨することは格別、これを強制することは許されないのである。」(東京地裁八王子支部昭和五〇・一二・八決定、甲第六六号証)。すなわち、行政指導によって教育施設負担金の寄附を求めることが許されるとしても、そのためには、行政指導の形式および運用において、「相手方の自由な意思の発動を妨げない」ものでなければならない。

2 ところが、前述のように、被上告人の実施した本件指導要綱に基づく行政指導によれば、事業主は、本件指導要綱に定める算出基準によって一方的、機械的に算定された教育施設負担金の寄附願書を添付し、前記事業計画審査願を被上告人に提出して、その審査を受け、次いで前記事業計画承認願を被上告人に提出して、その承認を受け、かつ、右負担金を納付しなければ、東京都建築主事によって、建築確認申請を受理して貰えない仕組となっている。他方において、事業主が本件指導要綱を遵守せず、被上告人の行政指導を拒否して右負担金の納付を拒否する場合には、右事業計画の承認を受けられず、建築確認申請を受理して貰えないだけでなく、前述の給水等の制限措置という制裁措置をとられる仕組となっていた。而して、被上告人は、本件指導要綱の遵守をスローガンに亡米久ら事業主に対し、本件指導要綱の遵守を事実上強制していたものである。被上告人は、一方において事実上の認許可権を盾に、他方において給水等の制限措置という制裁措置を盾に、その優越的地位を背景として、教育施設負担金名目の割り当て的寄附を強制的に徴収していたものである。このようなことが本件指導要綱の遵守の名の下に許されるとすれば、憲法第四一条や地方自治法第一四条の規定により、何人も法律や条例の根拠なくして権利、自由を制限されたり、義務を課せられたりすることはないという法治主義の精神は有名無実となり、憲法秩序はその根底から破壊されることになる。

二1 また、憲法第八四条は、あらたに租税を課し、または現行の租税を変更するには、法律または法律の定める条例によることを必要とする旨規定し、これを受けて、地方自治法第二二三条は、普通地方公共団体が、法律の定めるところにより、地方税を賦課徴収することができる旨定めている。而して、土地および建物等の固定資産に対して課税する固定資産税は、その固定資産の所在する市町村において、固定資産の所有者から徴収することに定められている(地方税法第三四二条、第三四三条)。

ところで、被上告人が本件指導要綱によって規制する宅地開発事業等の対象は、いずれも土地建物であって、被上告人が課税権を有する課税客体であり、被上告人において固定資産税を徴収できるものである。しかるに、被上告人は、前述のように、本件指導要綱が法規範性を有するとの誤った解釈の下に、本件指導要綱の遵守を口実に、前記のような事実上の認許可権と給水等の制限措置によって、教育施設負担金の納付を事実上強制してきたものである。これは実質的には固定資産税の二重課税であって、租税法律主義に違反するものである。

2 このため、被上告人は、教育施設負担金の徴収を条例で定めると租税法律主義に違反し、正面から国の法令に牴触するので、指導要綱の形式をとることによってこれを回避しようとしたのである。すなわち、被上告人は、右負担金を強制して事業主から徴収するものではなく、被上告人の行政指導によって、事業主が任意に寄附するという形式をとったのである。しかし、これは一種の脱法行為であり、違法である。

そのため、被上告人は、本件指導要綱が宅地開発等の事業計画の承認等に関する行政指導の指針として制定したものであって、法規ではないのに拘らず、原判決認定のように、その形式および内容において事業主に対し一定の義務を課する法規と同一の定めとなっているだけでなく、本件指導要綱に法規範性があるとの誤った解釈の下に、亡米久ら事業主に対し直接的に強制力を有する根拠として運用してきたものである。

三1 また、地方財政法第四条の五は、地方公共団体は、他の地方公共団体または住民に対し、直接であると間接であるとを問わず、寄附金(これに相当する物品等を含む)を割当てて、強制的に徴収(これに相当する行為を含む)するようなことをしてはならない、旨規定している。

右規定は、寄附金の名目でなされる金員の強制的徴収が財政秩序の紊乱を招く重大な原因となることがあることに鑑み設けられたものである。したがって、地方公共団体にあっては、その収入に欠くことのできないものであるときには租税として徴収し、住民相互の負担を公明、かつ、合理的ならしめるように努力するとともに、一般財源の不足を寄附金に求め、これを住民に割り当てて強制的に徴収することを禁止したものである。

亡米久が本件建物の建築につき、被上告人から本件指導要綱に定める教育施設負担金の納付をさせられたのは、割り当て的寄附を強制的に徴収するのに相当する行為であって、これを禁止する地方財政法第四条の五に違反する違法なものである。

2 本件教育施設負担金は開発行為によって被上告人の被る負担を個別的・具体的に考慮することなく、一定の基準により機械的に算出され、拠出する金額が選択、裁量の余地のないほど具体的に定められており、右負担金が事業主の自発的な、任意の意思による寄附金の趣旨で規定されていると認めるのは困難である(原判決二五丁、二六丁(三))。すなわち、本件指導要綱に定める教育施設負担金の規定は、その形式、内容共割り当て的寄附を強制的に徴収することを前提としているのである(前記第一の第一項参照)。

3 被上告人市の人口は、本件指導要綱制定以前の昭和四〇年以降に鈍化しており、一部地域に人口が集中したとしても、被上告人市が南北二キロメートル、東西約六キロメートルの小さな市であることからすると、仮りに一部地域で人口の急増があったとしても全体での増加がない以上、比較的容易に対処できるものと考えられ、いずれにしても緊急に寄附を強要しなければならない事情があったとは認め難かったのである(甲第八六号証、一八頁三段末二行目から四段九行目まで)。しかも、亡米久から納付された本件教育施設負担金は被上告人市の一般会計に組み入れられ(甲第五号証)、本件開発行為に関連なく支出されている。

4 ところが、被上告人は、本件指導要綱の形式、内容が法令と同一であること、市議会の全員協議会の承認を受けて制定した等の経緯から、本件指導要綱に法規範性があり、強制力があるとの誤った解釈の下に、事業主に対し本件指導要綱の遵守を事実上強制し、本件指導要綱に規定されている教育施設負担金の納付を事業主に事実上強制し、本件指導要綱を遵守しない山基建設に対し給水等の制限措置という制裁措置を現実に発動することによって、あるいは、被上告人市長が本件指導要綱の遵守を厳命したり、本件指導要綱を遵守しない事業者に対し給水等の制限措置を発動する等と公言し、もって本件指導要綱の遵守を事実上強制してきたものである(その詳細は前記第一の第三項ないし第七項参照)。

5 本件指導要綱は、元来行政指導の準則を定めたものであるから、建前上は事業主の協力と同意のもとに運用されなければならなかったのに拘らず、被上告人が本件指導要綱に法規範性を有するとの誤った解釈をもったために、形式上も内容上も事業主の権利、自由を制約し、事実上これを服従させようとする法規と全く変らないものとして制定されただけでなく、実際上も法規と実質的に変らない運用をされてきたものである。

そのため、本件指導要綱は、市との事前協議、審査会の承認、建築確認手続についての東京都の協力などと相俟って、広範囲に適用され、右要綱に従うことのできない事業主は、事実上開発を断念せざるを得なくなり、山基建設の事例を除いては、右要綱はほぼ一〇〇パーセント遵守される結果となった(原判決二六丁、(一))。なかでも、教育施設負担金については、減免は勿論、延納または分納の例もなく、山基建設すら、裁判所の和解において、寄附金であることを明示して、右負担金相当額を支払う旨約束せざるを得なかったのである(原判決、二六丁、二七丁、(一)1前記第一の第一〇項参照)。事業主が教育施設負担金の支払いを免れるためには、事業主は事実上開発を断念する以外に道はなく、また、事業主が開発行為を実施するためには、右負担金を納付する以外に方法はなかったのである。右負担金については、減免は勿論、延納または分納の例もなく、一〇〇パーセント一括納付をさせられていたことを物語るものであって、以上の事実は割り当て的寄附を強制的に徴収していたことの明らかな証拠である。

6 以上のような本件指導要綱の実際の運用に鑑み、亡米久は、鈴木および倉内から本件指導要綱に従って教育施設負担金の寄附を申し入れ、所定の事業計画承認手続を経ないと、被上告人から上下水道の供給を受けられなくなり、本件建物が建てられなくなる旨の説明を受けていた(原判決の引用する第一審判決一六丁、一七丁、(二))。

また、被上告人と山基建設との間に、前記仮処分事件をめぐる紛争以外にも、昭和五〇年には、山基建設が被上告人に工事用の水道を止められる事件が起こり、その後山基建設をめぐる問題が次々に生じ、被上告人市長の強硬方針が実施されるなどしたが、その事実は倉内は勿論亡米久らも充分承知していた(原判決三二丁(2))。そのため、亡米久は、本件建物の建築に際し、本件指導要綱に定める教育施設負担金の納付を拒否し、本件指導要綱を遵守しない場合には、山基建設の場合と同様に、給水等の制限措置をとられるものと畏怖していたことは容易に推認可能である。この点につき、原判決さえ、「本件指導要綱に従わないと、開発が事実上難しくなり、また市や市民とのトラブルが避けられないとの見通しを持つに至ったものであり」、「亡米久のように被上告人市に代々住んでいるものにとっては、右のトラブルを避けたいとの気持は強かったであろう」旨認定している(原判決二七丁、二八丁、(二))。

7 亡米久は、本件建物の建築計画に関し、被上告人の担当職員から本件指導要綱に基づき行政指導を受けた倉内らから、本件指導要綱により、①教育施設負担金一、五二二万二、〇〇〇円を寄附すること、②本件敷地のうち444.823平方メートル(一三四坪七九)の公園緑地を設置し、遊具施設を併設し、(費用約五、六百万円)、右公園緑地を被上告人に無償貸与するとともに、右遊具施設を被上告人に寄附すること、③本件敷地の西側沿いの道路を拡張するために、本件敷地のうち39.6平方メートル(約一二坪)を被上告人に寄附すること(当時の時価約七百万円)、等を要求された。これらの負担の合計は少なくとも二、七〇〇万円以上に及ぶ高額なものである。亡米久は、倉内らの説得によって、右②、③はやむなく納得したが、被上告人に対し年額一、〇〇〇万円以上の市税を納付しているのに、更に右教育施設負担金一、五二二万二、〇〇〇円を納付することは納得できないといって拒否した。亡米久は右負担金を納付することに強い不満をもち、倉内らに対し、被上告人との間で右負担金の減免等について交渉するように依頼した、ことは原判決も大筋で認めるところである(原判決三〇丁、(3)および原判決の引用する第一審判決一六丁、(一))。

8 そこで、倉内は先ず鈴木を被上告人の担当職員であった高橋の許に差し向け、高橋に対し本件教育施設負担金の免除、減額、分納、延納等について三、四回に亘り交渉させたが、高橋は「前例がない」とか「特例は認められない」等といって拒否した。

亡米久は、倉内らから右交渉の結果について報告を受けたが、納得できなかったので、倉内を伴い、被上告人の責任者である中島課長を訪ね、中島課長に対し、右負担金の免除、減額、分納、延納等を懇請したが、中島課長は、高橋担当職員と同様に、「前例がない」とか「特例を認められない」等といって拒否した(原判決三〇丁、(3)、原判決の引用する第一審判決二八丁、二九丁)。

9 右交渉の際、高橋が鈴木に対し、また、中島が亡米久、倉内に対し、右負担金の納付を拒否すれば、被上告人が亡米久に対し給水等の制限措置を発動する旨の発言をしたか否か問題であるところ、原判決はこれを否定(原判決三一丁)しているが、原判決の右認定が矛盾であり、誤りであることは前述したとおりである(前記第一点、第八項1ないし4(二)(3)参照)。

仮りに、右交渉の際、高橋、中島らが、鈴木、亡米久、倉内らに対し、亡米久が右負担金の納付を拒否すれば、被上告人において給水等の制限措置を発動する旨の発言をしなかったとしても、原判決認定のように「前例がない」と拒否したことは、例外を認めないこと、すなわち、本件指導要綱を遵守することを意味し、山基建設の場合と同様に、給水等の制限措置をとることを意味し、右負担金を事実上強制的に徴収することを意味することは前述したとおりである(前記第一点、第九項)。

10 原判決が認定するように、教育施設負担金については、免除、減額は勿論、延納または分納の例もなく、一〇〇パーセント納付させられてきており、本件指導要綱に基づく右負担金の納付を拒否する場合には、事業主は事実上開発を断念せざるを得なくなったのである。したがって、事業主は開発行為を実施する場合には、本件指導要綱に定める一定の基準によって機械的に算出された右負担金(割り当て的寄附であることは明白)を納付する以外に方法はなく、自己の意思による選択、裁量の余地は全くなかったものである。これは強制徴収以外の何物でもない。

以上の次第であって、亡米久が右負担金を納付したのは、自由な、任意の意思によったものではなく、被上告人の本件指導要綱の遵守というスローガンによって、例外を認めないという事実上の強制によって納付させられたものであり、強制的徴収を禁止した地方財政法第四条の五に違反することは明らかである。

四 次に、地方財政法第二七条の四は、市町村は、法令の規定に基づき、その市町村の負担に属するものとされている経費で政令で定めるものについて、住民に対し、直接であると間接であるとを問わず、その負担を転嫁してはならない、旨規定している。而して、同法施行令第一六条の三によると、市町村が住民にその負担を転嫁してはならない経費は、市町村の職員の給与に要する経費、並びに、市町村立の小学校および中学校の建物の維持および修繕に要する経費である。

これらの経費こそ、被上告人が本件指導要綱によって亡米久らの事業主から強制的に徴収した教育施設負担金の使途である。右寄附金の名称が「教育施設」の「負担金」となっていることは教育施設の経費として使用されることを意味するものである。原判決自身、昭和四六年一〇月から同五三年一〇月の本件指導要綱改正までに約五億円余の教育施設負担金が被上告人に寄附され、「教育施設の充実の一助となった」旨認定している(第一審判決二五丁)。

したがって、被上告人が本件指導要綱に定める教育施設負担金を亡米久ら事業主から徴収したのは前記法条に違反し、違法である。

五1 市町村が宅地開発に伴い必要とする道路、水路等一定の公共施設の整備に要する必要にあてるため、宅地開発者から徴収する目的税は、「宅地開発税」である。而して、宅地開発税の徴収については市町村の条例で定めることになっている(地方税法第七〇三条の三)。

本件指導要綱に基づく教育施設負担金は、本来、被上告人が宅地開発に伴い必要となる一定の公共施設である教育施設の整備に要する費用にあてるため、宅地開発者である事業主から徴収するものであるから、条例を制定し、宅地開発税として徴収すべき性質のもである。本件指導要綱に基づく教育施設負担金は寄附という形式はとっているが、その実際の運用においては、割り当て的寄附を事実上強制し、強制的に徴収していたものであるから、その実態は宅地開発を課税客体とする目的税と同一であって、租税法律主義に違反し、条例に基づく徴収を潜脱した脱法行為であって違法である。

2 ところで、宅地開発税の納税義務者が宅地開発に伴ない必要とされる一定の公共施設またはその用に供する一定の土地を、当該市町村の条例の定めるところにより、当該市町村に無償で譲渡する場合には、市町村長は、宅地開発税を免除するものとし、または既に宅地開発税額が納付されているときは、これに相当する額を還付すると定められている(地方税法第七〇三条の三Ⅲ、地方税法政令五六の八六、五八の八五)。右の場合の「一定の公共施設」とは、幅員一二メートル未満の道路、公共下水道以外の排水路、敷地面積が0.5ヘクタール未満の公園、緑地または広場、をいうのであるから、本件における前記第三項7の②、③は、いずれも右、に該当する。

右の場合、宅地開発税の課税免除をするのは、宅地開発税が、宅地開発に伴ない必要となる道路等の一定の公共施設の整備に要する費用にあてるためのものであることに鑑み、当該公共施設を自ら整備し、または公共用地を提供する者に対しては、宅地開発税を免除することとして、宅地開発を行う者に対して、二重の負担を求めることとならないようにするために設けられた制度である(前川尚美、杉原正純、地方税「各論Ⅱ」、「現代地方自治全集=二〇」六一一頁、六一二頁)。

3 ところが、本件において、被上告人は亡米久に対し、本件指導要綱に基づき、実質は宅地開発税に相当する一、五二二万二、〇〇〇円という高額な教育施設負担金の納付を強制しながら、他方において、前記「一定の公共施設またはその用に供する土地」に相当する本件敷地内に444.823平方メートル(一三四坪七九)の公園緑地、防火水槽、遊具施設等の設置(経費約五、六百万円)および本件敷地のうち西側道路沿いに道路用地として約39.6平方メートル(一二坪)(時価七百万円)を被上告人に寄附することを要求し、その結果、亡米久は、自費をもって右公園緑地等の施設を設置して、被上告人に無償使用(遊具施設は寄附)させると共に、右道路拡張用地を被上告人に寄附した。右負担の合計は少くとも一、二〇〇万円以上に相当する。したがって、宅地開発税免除の趣旨からすれば、被上告人は亡米久に対し、本件教育施設負担金の納付を免除すべきであったのである。結局、亡米久は、被上告人から公園緑地等の設置および道路用地の無償譲渡のほかに、教育施設負担金の納付という「二重の負担」を強いられた結果となったのである。

4 これは、被上告人が本来、宅地開発税として条例に基づき亡米久らの宅地開発者から徴収しなければならない租税である。しかるに、被上告人は、本件指導要綱という行政指導の準則によって、一方的、機械的に算出した金額を教育施設負担金の名目で、事実上亡米久から強制的に徴収したものであるから、租税法律主義に違反し、条例に基づく徴収を潜脱した脱法行為であって違法である。のみならず、本件の場合、宅地開発税として課税された場合には、亡米久は、右課税を免除される場合に該当したのに、実際には、被上告人は亡米久が公園緑地等の設置および道路用地の寄附をしたのに拘らず、更に、「二重の負担」である本件教育施設負担金の納付を事実上強制して徴収しており、違法であることは明らかである。

以上

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